寄稿文

【風景のロングパス_4】 平野における小さな里山

sun-kyoプロジェクト・設計チームの趙 海光さんによるエッセイを、全12回に渡ってお届けします。
タイトルである“風景のロングパス”には「遠い先の誰かに、この風景をロングパスしよう」というこのプロジェクトへの想いが込められています。



平野における小さな里山

 東京の仕事場に戻ってからも、しばらくは屋敷林のことが頭から離れませんでした。内部に踏み込んだ時のあのシンとした、別世界に入った感じ。足元には河原にあるような大きな玉石が転がり、頭上は鬱蒼とした木々の葉叢に覆われて、あれはなんだか「独立した島」のようです。 

 それから屋敷林についてあれこれ読み漁るようになり、ふと「カイニョ、敷地内で循環する生態系」というタイトルに目が止まりました。「カイニョ」とは屋敷林のことですが、そこにはこう書いてあります。 

 ‥‥風を遮るもののない平野部において、人々は家を風や雪から守るため、敷地の南西部にスギやヒノキなど背が高くなる樹種を植えました。また花木として梅や椿や木蓮、食用樹としては柿や栗、桃、ざくろ、金柑、イチジクなど、高低木の下草にはドクダミ、オオバコ、ユキノシタ、オウレンなどの薬用植物、食用植物としてはフキ、セリ、ミツバなどが植えられました。それらが形成する林は、人だけではなく、虫や鳥など様々な生きものの命を育む、平野における小さな里山でした。 

 

 なるほど、屋敷林というのはいわばビオトープ、小さな生態系なんですね。 

 その昔、人は屋敷林という「平野における小さな里山」をうまく育て、利用して暮らしていたわけですが、しかし今はだいぶ様相が変わりました。住民にとっては手間がかかり、しかも高齢化と後継者不足のさなか倒木の危険とも隣り合わせで、もしかしたら「ビオトープ」だの「里山」といった言葉を嬉しがる外部の人たちを苦々しい思いで見ているかもしれません。 

 では、この環境を保つにはどうしたらよいか? 

 私はこう考えました。「一軒では無理だから、数軒でこの屋敷林をシェアする仕組みをつくろう。」 

里山の中に点在する屋敷林

【風景のロングパス_5】屋敷林のリノベーションへつづく

趙 海光(ちょう・うみひこ)
株式会社ぷらん・にじゅういち代表。一級建築士。

1948年、青森県生まれ。1972年、法政大学工学部建築学科卒業。1980年に株式会社ぷらん・にじゅういちを設立。1990年代には台形集成材を使用する一連の木造住宅「台形集成材の家」を設計。一貫して国産材を使用する現代型木造住宅の設計を続け、建築雑誌へ木造住宅についての論考を多数発表。国産材の開発と普及に努める。2007年以降は「町の工務店ネット」と共同で、日本の町家建築に学んだスタンダードな木造住宅を目指す「現代町家」シリーズに取り組んでいる。